大人であるということ

今日は成人式ですね。

そこで、大人であるとはどういうことか考えてみました。

 

大人であるということを一言で言うと「自立」です。

でも、「自立」の意味を勘違いしている人が多いように思います。

「自立」とはどういうことでしょうか。

 

辞書で調べると「自分以外のものの助けなしで、または支配を受けずに、自分の力で物事をやって行くこと。」とあります。

これを見ると、2つの意味があるようです。

1つは自分以外のものの助けなしに行うということ。

もう1つは、他のものの支配を受けずに行うということです。

前者は物理的な側面、後者は心理的な側面と受け取れます。

このように、自立には2つの側面があるということです。

多くの人の勘違いは、この物理的な側面のみに注目しているということです。

 

親は、子どもに自立してほしいと願っています。

朝は自分で起きてほしい、言われなくても自分で勉強してほしいと思っています。

でも、子どもが「こんなことをやりたい」「こんな進路にすすみたい」というと、急に反対します。

「そんなことをやっても意味がない」とか、「そんな進路に進んで大丈夫なの?」と言い始めます。

つまり、心の底では心理的な自立はして欲しくないと思っているのです。

裏を返せば、親が子どもから自立できていないのかもしれません。

 

多くの生徒を見ていると、言われたことは一生懸命やる良い子です。

おそらく親は、そんな我が子を見て満足しているのかもしれません。

なぜなら、表向きはとても良い子だからです。

でも、よくよく考えてみると、親から見て良い子になろうとしているということは、親の支配を受けていることになり、心理的に自立しているとはいえません。

 

本当の自立とは、心理的に自立するということに他なりません。

それが主体的であるということです。

言い方を変えれば「当事者意識を持つ」ということですね。

言われたことを一生懸命やるというのは、他人から良い子に見られたいということであり、人から見られる自分がどうあるかということです。

これは本来の主体性ではありません。

自らこうなりたいという目的のために、自分自身を磨き上げようとするところに本来の主体性があるのだと思います。

 

自分の人生は自分のものです。

すべての学びは自己実現のためにあります。

人に認められるためではなく、自己実現のためにより深い学びを実践してほしいものです。

 

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